空家、解体、ときどき家具




解体される木造家屋から出てくるのはこういう大きさの材料が多いものです。3寸とか3寸5分とか、4寸とか。ちょっと家具のスケールとは違います。

日を焚いて暮らしていたような、古い民家から出てきたような、それこそ共通理解し得るような素晴らしい価値があるわけではありませんが、時間がたって硬く締まっていることの多い材木です。コンパネでせり上げた3トン平車あたりに積めるだけ積んでドナドナな、ただの民家出の材。どこにでもあって希少価値もない、住宅街の木材です。 でも壊すと決めた人には、暮らしていた人には、特別なものだったりする事があるようです。話されても他人には理解し難い、唯一の固有な建物の一部分だったりします。個人にとって大切なものは、共通理解されにくいような、整理もされていないぐちゃぐちゃとしたものなのかもしれません。

流通するモノは、ある範囲の方々に共通理解出来る価値を見出し、ご説明し、楽しいと共感してもらう事で成り立っています。そこらの解体民家から出てくる材は、そういうところの真逆にいるようにも見えます。 でも私はそれが時に、唯一で変えの効かない大切な価値を持っていることを知っています。

ざっくりとそういうような事でして、拠点には家具モジュールではない解体材の切れ端などが転がっています。まず小さな家具にでもしようと思っています。



これまでに都市の林業で得られるような曲がった材を使うことを前提にした家具の作り方を模索し実践してきました。表面を削って材を整えず、解体材らしさを残すためです。

穴加工の他は特に解体材を加工せず、ターンバックルで締めあげて強度を確保するというものです。ローテーブルであれば、50cmに切り分けた解体材を4本送って頂けば製作できます。そのくらいの重量感が一般的に送りやすいスケールだろうと思っています。


このテーブルの仕組みはオリジナルで考案しています。葉枯らし乾燥させた丸太をチェーンソーで切って、そのまんまターンバックルでしめると木立?のようなテーブルにもなると思います。各職の超絶テクニックに支えられた一点物も製作いたしますが、素材の個性を活かす炒め物のような製作も大好きです。


思い出はアリが角砂糖を持ち帰るようにゆっくりと薄れ、ぼんやりと暮らしが続けば柔らかいと思っています。 壊すべき空き家には、どうやらその数だけストーリーがあるのだそうです。 こういう事はその現場に詳しい解体屋さん、不動産屋さんとやるべきだと思っております。絆創膏のようなサービスなのかもしれません。